平凡な人生とは、退屈な人生

2018/11/17 (土)  カテゴリー/本のご紹介

今日も、前回ご紹介を始めたあちらの本の中から、
印象的だった個所をご紹介したいと思います。

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053 平凡な人生とは、退屈な人生のことである
ひょっとして、ずっと平凡な人には、不可解な言葉かもしれません。
「平凡のどこがいけないの?」と聞かれるかもしれません。
でも、そうしたら私も聞き返したいのです。
「じゃあ、平凡のどこがいいの?」と。
(略)
「私は平凡が好き」というのは、
単なる負け惜しみなのではないかという気がするのです。
自分でも本当は平凡な人生なんていやだと思っているけど、
つい逆のことをいってしまっているのです。
もうこの平凡からある程度抜け出せないということが自分でもわかっているから、
とりあえずそれを肯定しておこうという安全策のひとつなのではないでしょうか。
(略)


054 大事なのは「自分を好きかどうか」
(略)
そもそも、「いい人」というのは、どんな人のことをいうのでしょう。
「だれにでもやさしい人」「周りに害を及ぼさない人」……
私の感覚では、それは単なる「あなたにとって都合のいい人」
「どうでもいい人」に近いものがあると思うのですが。
というのは、たいていの場合だれかにとってのいい人になってしまっているからです。
いい人になるのなら、自分自身にとってのいい人にならないといけないのです。
それは、自分を肯定できる人、自分を受け入れられる人、
つまり、「自分を好きな人」なのです。
自分が好きな人なら、自分の自発的な行動を認めることができるし、
たとえそれでうまくいかなくても、失敗ごと受け入れられます。
そして、そのたびにいろいろと学んでいけるのです。
でも、自分が好きでなかったら、失敗した自分を許せないし、
失敗しないように、自分がいいと思うことよりも
他人がいいと思うことを基準にしてしまうのです。
それでは人生とうまくつき合ってはいけません。
自分で考え、自分で選び、自分で物事に対処するたびに、
そういう経験を少しずつ積み重ねていくたびに、
ヒトは少しずつ強くなっていくのです。
その強さが、人生におけるあなたの味方になるのです。
そのための基本はまず、自分を好きかどうか、ということなのです。


063 自分に拍手できる人になる
一生懸命努力したとき、それがたとえうまくいこうがいくまいが、
自分がどれだけよくやったかということは、
ほかのだれでもない、自分が一番よく知っています。
(略)
だから、自分で自分に拍手できるということは、
だれにも胸を張って「私は精一杯頑張りました」と誇れるということなのです。
嘘やごまかしのない、美しい瞬間だと思うのです。
(略)
仕事でも、趣味でも、主婦の家事でもいいのです。
自分が本当にするべきことを自分にできるかぎりの力でやり遂げたというときは、
それが結果に結びつこうがつくまいが、
だれにも遠慮せず、自分をねぎらってあげていいのです。
「よく頑張ったね」「えらかったね」と、自分を励ますように語りかけてあげるのです。
それはあなたの中で大きな自信になります。
精一杯やり遂げることができたというその自信は、
次のときにはそれを成功させるための原動力になることでしょう。
自分に拍手できる人になる、それは自分を大切にできる人になるということです。

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最初のパート。
これは、私も正直、ちょっと共感してしまいました。
というのも、私はいわゆる「平凡な人生」をよしとせず、
「自分らしく」生きることをモットーにして生きてきたからです。
その結果、波乱万丈の人生であって、「安定」とは程遠いものの、
自分では「なかなか面白い人生」を歩んできたように思います。

続いてのパートは、「自分自身にとってのいい人」。
私も、しばらくの間、自己肯定感がダダ下がりの時期を経験しました。
いわゆる「うつ状態」に陥ってしまったのです。
この期間中、自分で自分を好きになれなかったせいで、
他人の評価や価値観を基準に生きざるを得ず、その結果、
自分の人生を放棄してしまうようなことになってしまっていました。
しかし、自己肯定感を高めることに成功したら、自分のことが大好きになり、
いいことも悪いこともひっくるめて、「これが私! こんな私が大好き!」と、
心から思えるようになりました。
自分のことを好きになることさえできれば、
どんなことにも自信を持ってチャレンジできるのです。

そして、最後のパート。
この個所は、激しく同意してしまったところです。(笑)

「自分がどれだけよくやったかということは、
 ほかのだれでもない、自分が一番よく知っています」
これ、本当にその通りですよね。

私がオランダ生活を送っていた当時、
私に嫉妬や妬みの感情を抱いていたと思われるある女性が、
事実に基づかない悪評を流したせいで、
私がとんでもない人間だとの噂が広められてしまったことがあります。
でも、私はひたすら真面目に一生懸命頑張っていました。
実際には、そんな“でっち上げの作り話”とはほど遠い人間だったのです。
そして、そのことを他の誰でもない、私自身がよく知っています。

そのことだけではなく、私は長年、
いわゆる“風評被害”に悩まされる状況に身を置き続けていました。
その風評を誰が流したかについて、ここでは言及しませんが、
本来であれば、私の支えになってくれるはずの立場の人間でした。
このことで、私は長い間、数々のうつ症状と付き合わねばならず、
本当に大変辛い時期を過ごしました。

でも、ようやく、出口の見えない長い長いトンネルから抜け出し、
自己肯定感も再び高めることができ、今の自分が大好きになりました。
これまで、私に対して悪意を持った人間に、
ありもしない作り話を言い触らされたおかげで苦しみましたが、
もう、そんな時間は過ぎ去り、自分が満足できる生き方を実践しています。
そう、「自分が本当にするべきことを自分にできるかぎりの力でやり遂げた」のです。
だから、「自分で自分に拍手できる」し、「自分を大切にできる」ようになったのです。

今、私は心から、自信を持って、
自分で自分自身に「敢闘賞」を贈りたい気持ちでいっぱいです。
「よく頑張ったね」「えらかったね」と、
自分で自分をほめてあげたいと思います。(笑)




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とりあえず飲んでみる

2018/11/11 (日)  カテゴリー/本のご紹介

さて、今日からはこちらの本をご紹介したいと思います。

始めるのに遅すぎることなんかない! (サンマーク文庫)


40歳半ばになってから、新しいことを始めた私。
つい、この本のタイトルに惹かれてしまい、手に取りました。(笑)

正直、タイトルと中身が合致しているのかどうか、
微妙…という印象ではありましたが、
「なるほど」と思うところも多くありましたので、ご紹介したいと思います。

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003 目の前のスープがおいしいかどうか知るには、
   とりあえず飲んでみることである

あたりまえといえばあたりまえのことですが、
このあたりまえのことが実際できないひともたくさんいるというのが、
世の中のおもしろいというか不思議なところのひとつです。
手を伸ばして、スプーンを持って、一口すくって飲んでみる。
たったこれだけのことよりも、その材料や成分を確認し、
だれが、どんなふうに作ったかを確認し、
それでこのスープがどんな味で
どのようにおいしいかを論じようとするなんて、
私にとっては「え、どうして?」って感じです。
仮に、そんなことをして、ある程度味の見当がついたとします。
でも、それはしょせん「脳の味」ですから、
本当にわかったわけではありません。
「脳の味」、つまり、脳みそで想像した味。
ですから、実際の味ではないということです。
(略)
何かする前に、
ある程度自分なりにわかっていないと、不安なのでしょうか。
でも、それはやはり「脳の味」、
つまり脳みそでわかったつもりになっているだけで、
実際にわかっているわけではないのです。
私には、そのほうが不安です。
(略)


037 夢を見る。かなえようと決意する。
   そのときすでに、あなたはそれを手に入れている

(略)
強く願うというのは、単に目を閉じて手を合わせて、
一生懸命「願いがかないますように」と祈ることではないのです。
その夢をかなえるためにはどうすればいいのかをすべて洗いだし、
それを一つひとつクリアしていく自分を目の前に思い描くこと。
それが「強く願う」ということです。
そうして初めて、その夢が現実のものになり始めるのです。
夢は自分の手でかなえるもの。
「こうなったらいいな」と思っているのは、
「だれかがかなえてくれたらいいな」と待っているのと同じで、
それでは百年待ってもかないっこありません。
「絶対にかなえるんだ」と決意するということは、
そのために必要なことをすべて、
何があってもやり遂げるんだと決意したのと同じです。
ということは、もう手に入れたも同然なのです。
(略)

048 知識も大事だけれど、知恵はもっと大事
(略)
知恵のある人というのは、知識をうまく使いこなせる、
知識を生かして、もっとすごいことができる、そういうニュアンスがあるのです。
(略)
知識というのは、教わったり、見たり聞いたりして知っているものですが、
知恵には、それを使う人のアイデアがある。
それが決定的な違いではないかと思うのです。
(略)


052 好きなものを「好き」といえるプライドを持つ

自分が好きなものを「好き」というのは、
私にしてみればとても自然なことだと思うのですが、
なぜかそれができない人も世の中にはいるようです。
「自分がこれを好きだといったら、周りの人にどう思われるだろう」と、
おどおどした気持ちを持ってしまう。
でも、そんなことで周りを気にしているのは、自分自身がないのと同じです。
(略)
自分自身にプライドを持っているから、好きなものは「好き」といえますし、
第一、自分が好きなのにそれがいえないということは、
最終的には絶対損なのではないかと思うのです。
(略)

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最初のパートは、まさに「百聞は一見に如かず」のお話。
手に入れた情報や知識をこねくり回し、自分の脳の中だけで結論を出す。
そんな人、あなたの身近にもいるのでは?
こういう人って、本当にたちが悪いように感じます。
なんだかんだ理由を付けて、現状維持をしようとする人も多い。
わかっていないのに、わかった気になってしまう人も多い。
でも、それって違いますよね。
実際にやってみて初めて分かることって、本当にたくさんあります。
たった1度の経験が、数年の想像をはるかに凌駕するのは、至って普通でしょう。

続いてのパートは、勇気をもらえる言葉でした。
自分の夢を、まさに現実のもののように想像し、
ありありと眼前に見えるようにする。
これができるようになると、「私は必ずできる!」「現実になる!」との、
圧倒的なパワーが自分の中から漲って来るのを感じられるようになります。
「決意すれば、手に入れたも同然」という言葉は、とても勇気を与えてくれます。

そして、次のパート。
私が猛烈に読書を続けていることを知ったある人が、
「知識ばっかり付けたって…」と、
私のことをバカにする発言を繰り返すことがありました。
(もちろん、その人は読書なんて全くしないし、勉強もしないわけですが…)
でも、著者が書いているように、「知恵」というものは、
そのベースに「知識」そして「経験」があってこそ、働かせることができるもの。
「知識」以上に「知恵」の方が大事だけれど、「知識」も侮ってはいけないのです。

そして、最後のパート。
「自分がこれを好きだといったら、周りの人にどう思われるだろう」
と思う人に対して、著者は
「そんなことで周りを気にしているのは、自分自身がないのと同じ」
と言っています。
私も、その通りだと思います。
自分の人生の舵を取れるのは、自分自身だけ。
なのに、他人の価値観に振り回されていては、
自分自身がないのと同じなわけです。
周りがどう思おうと、そんなことはどうでもいい。
自分らしく、自分が好きなことを、
自分が生き生きとやっていくことができれば、
それこそが、素晴らしい満足のいく人生だと思うのです。

他にもまだまだご紹介したいところがありましたので、続きはまた次回に。




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瞬間を生きる

2018/11/05 (月)  カテゴリー/本のご紹介

ご紹介し続けたこちらの本も、とうとう今日が最終回です。
今の私の生き方、考え方にとても合っているので、
感動しつつ、読んだ個所をご紹介しましょう。

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◆瞬間を生きる。次の瞬間、死んでもいいように
人間は何のために生きているのか。
人生の目的とは何なのか。
私は、人間としての完成度を高めることこそ、目的ではないかと思っている。
自分自らが誇れる人間になっていくという、
そのプロセスを、死ぬところまで続けることこそが大切なのだ。
そしてここで意識をしておかなければいけないことは、
人間、生まれてくる順番はあるけれど、死んでいく順番はないということである。
(略)

だからこそ、死に対する緊張感をしっかり持っておかなければいけない。
そうすることによって、今この瞬間に
自分が生きている生に対する実感を得ることができる。
自分が手に入れているのは、もうこの瞬間しかないのだと気づくことができる。
重要なのは、この瞬間に対して、自分のすべての心血を注ぐことだ。
(略)

そういう意味で、我々は死生観を持つ必要がある。
死を考えるということは、生を考えることでもある。
ここでいう死生観とは、一人の人間としての限界と可能性を認識することであり、
自分という存在を取りまく唯一変えられない運命を冷静に眺めることである。
生と死との間には限られた時間しか残されていない、
という生の有限性を認識することである。
(略)

人間の年齢と人間の成熟さは必ずしも一致しない。
生きてきた時間がどんなに長くても
その人が価値ある時間を過ごして来なかったとすれば、
それはこの世に物理的に存在した時間が長かっただけで、
運命に翻弄された時間が長かっただけに過ぎない。
重要なのは、瞬間に対する緊張感を持ち、瞬間を刻むことなのだ。
時間の長さではなく、“魂”の温度をもって時間の濃度を限りなく高めていく。
この瞬間にすべて賭けるということこそ、生きる人の権利であり、義務なのである。
このことが分かった瞬間、くだらないこと、つまらないことには目が向かなくなる。

人間の生きた価値は、どれほど長く人生を生きたかではなく、
どれほど濃度の濃い人生を生きたか、によって決まると私は思う。
図式にすると、「濃度×長さ=人生の価値」になる。
(略) 
人間は人生のある時点で、自身の志しや良心という尺度で
人生を生きていくことを決意する必要がある。
また、時に、自分の尺度が社会や組織の尺度とぶつかるときがあろうが、
その時は自身の尺度を優先する気概も持たないといけない。

視野が狭かったり、近視眼的にしか物事が見られなかったり、
ネガティブなことばかり言っていたり、
理不尽なことを言ってくる人たちの、わびしさが見えてくる。
それもまた、自分にとっては大きな学びであることに気づける。

目指してほしいのは、もっともっと大きな人間だ。
もっともっと美しい人生、素晴らしい人生だ。
それこそが、あなたが目指すべきもののはずなのである。
人間としての完成度を高めること。その意識を持つこと。
それは必ず、このかけがえのない人生を堪能し、
充実させることにつながっていくと私は信じている。

おわりに
●絶対不可侵領域としての自己を確立し、どんな状況でもそれを貫くことだ
人生の価値は、自分が自分をどれほど信じたか、で決まると思う。
だから、何があっても自分に対する絶対的な信頼を失わないことだ。
絶対不可侵領域としての自己を確立し、どんな状況でもそれを貫くことだ。
そしてすべての瞬間において自分の存在意義を証明し続けること。
他人ができることは行わない。
他人が語れる言葉は発しない。
自分しかできないことを見極め、それだけを実践し続けること。

今この瞬間を最後だと思い、燃え尽きるように生きること。
そして最後は自分に残されたすべての夢も欲も愛も使い尽くし、
何も残されていない絶望の中で死ぬ。
それこそが、美しい人生であると私は思う。

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如何でしたでしょうか?
全10回にわたってご紹介してきた『媚びない人生』。
皆さんの心に、何らかの良いものが残っていれば幸いです。

人間としての完成度を高めようとする努力を、
死ぬ瞬間までひたすら続けること。
それこそが、人生の目的ではないか…と著者は言います。

そして、そのために必要なのは、「死生観」だと。
「死生観」があればこそ、「今、ここ」の大切さを理解でき、
過去や未来にとらわれず、今この瞬間を生きることに集中できると。

「人間の年齢と人間の成熟さは必ずしも一致しない」
とありましたが、本当にその通りだと思いますよね?
年上の人でも、全く尊敬に値しない人もいるし、
かと思えば、年下の人でも、尊敬できる人もいる。
まさに、「濃度×長さ=人生の価値」だと言えるでしょう。

「この瞬間にすべて賭けるということこそ、生きる人の権利であり、義務」
と著者は言っていますが、私もこの個所に強く共感しました。
「一日一生」の考えを基に、毎日を生きるようになってから、
「今、私は生きている!」と、そのこと自体に喜びを感じられるようになりました。
だから、「無駄にできる時間などない」と、瞬間、瞬間を丁寧に、
そして大切に生きるようになりました。

「人生の価値は、自分が自分をどれほど信じたか、で決まる」
とありましたが、これも本当にその通りだと思います。
自分を信じる = 自信 ということですものね。
自信が持てる…ということは、それだけ自分を信じられるということ。

「自分しかできないことを見極め、それだけを実践し続けること」
「今この瞬間を最後だと思い、燃え尽きるように生きること」
と著者が言うように、この様な生き方を私も目指しています。
他人の評価なんてどうでもよくて、自分が死ぬときに、
自分の目標に到達していなかったとしても、「よく頑張った」
「思い残すことはない」と、満足して死にたいな~…って思います。
与えられた生を燃焼させ、燃え尽きて死ぬ。
理想ですが、そのような人生を歩んでいきたいと思います。

これにて、こちらの本のご紹介は終了です。



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未来と向き合う

2018/10/30 (火)  カテゴリー/本のご紹介

今ご紹介中のこちらの本に関する記事は、
今日を含めて、あと2回になりました。
皆さん、どのような感想を持たれたでしょうか?

それでは、今日も印象的だった個所をご紹介します。

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第七章 未来と向き合う ~純度の高い自分を創る
◆居心地の良さを警戒せよ
新しい環境に身を置いた最初の頃というのは、すべてが新しい。
ところが、数ヶ月も経つと慣れてしまうのだ。
だから、日常の中で、非日常を求めていく姿勢が必要になる。
ルーチンを意識的に壊していくことも大事だ。
(略)
その対極にあるのが、居心地の良さなのである。
成長したい気持ちがあるのであれば、
居心地の良さは、むしろ警戒しなければならない。
居心地の良さを捨てて境界を越えてこそ、本当に強い自分を目指せるのだ。
(略)
人生を生き抜いていくために必要なことは、実は安定して居心地の良い環境ではない。
どんな環境でも自分の二本の足でしっかり立っていられる強い自分を創ることだ。
最終的に人生における自由を手に入れるために必要なのは、強い自分なのである。
それこそが唯一、自然体で、穏やかな状態で
人生を過ごしていくことを可能にするのである。


◆光を見つけ出す。そして見失わない。
集中力を高めるには、雑念の統制が必要だ。
そのためには、心の中で静かな空間を確保し、
穏やかな領域を広げていくことが求められる。
目を閉じ、未来につながる光を探し出す。
探し出した光が進む方向を直視する。
そして、その光を見失わないようにする。

集中力はふたつの状態から生まれる。
ひとつは、追い込みの際に発揮する集中力であり、
締め切り直前に発揮する集中力である。
もうひとつは、完全自由状態で発揮する集中力であり、
完全解放状態で発揮する集中力である。
前者は外部要因によって作られるので、
集中力は高まるが、過程は楽しめない。
一方で、後者の集中力は、結果だけでなく過程も楽しめる。
こうした集中力を意識的な訓練を通じて手に入れた人は、
短期的に未来に対する不安があっても、
一本の光が見えたら、その光を見失わずに進むことができるのだ。

==========================

「居心地の良さ」に安住したい…と願うのは、自然なことだと思います。
特に女性は、変化を嫌う生き物であり、安定を望む生き物だからです。
しかし、いつまでも「安住」に腰をおろしていては、自分の成長はありません。
「安住」ということは、「安定」つまり「変化がない」ということだからです。

私たち世代は、戦争を経験していません。
だから、本当に想像を絶する状況下で、自分がどのようになるのか、
正直、想像できないわけです。
しかし、そうだとしても、
「どんな環境でも自分の二本の足でしっかり立っていられる強い自分を創ること」
は、とても大切なことだと思います。

「人生における自由を手に入れるために必要なのは、強い自分」とありましたが、
本当にその通りだと思います。
肉体的にも、精神的にも、強くありたいと願います。

後半に書かれていた「(未来の)光」について。
普段の生活に紛れ、心がざわついている状態では、
光を見出すことは、相当難しいと言わざるを得ません。
日々、忙しく、慌ただしく過ごしているうちに、
ハッと気づけば、人生も残り少なくなっていた…という人が、
ほとんどなのではないでしょうか。
心を穏やかにして、未来に繋がる光を見出す。
これは、若い人にのみふさわしい言葉ではなく、
中高年であっても、高齢であっても、ふさわしい言葉だと思います。

私は、進むべき光を見つけました。
だから、結果だけではなく、その過程を楽しみながら、
不安を抱きつつも、その光を見失わないようにしながら、
一歩一歩、前進していくつもりです。




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理想の自分に変わる方法がある

2018/10/24 (水)  カテゴリー/本のご紹介

今日は、「安定」と「変化」をテーマにした個所をご紹介します。
それでは、どうぞご覧下さい。

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◆理想の自分に変わる方法がある
仮に成功体験があっても、
それを捨てて新しい地に向かう意味は大きいと私は考える。
そしてその数を増やすほど、新しい自分を演じる技術は高まる。
役者としての演技の幅は広がっていく。
どんな役を与えられるのか、わからない中で、
どんな役を与えられてもこなせるようになる。
どこでも生きていける自信を手に入れられるのだ。
生まれた場所にずっと暮らし、
一つの役だけをこなし続ける生き方もたしかにある。
深みのある人生につなげられる可能性もある。
しかし、人生は短い。
自らいろんな役回りを求め、
何をやっても生きていけるような力を身につけるためにも、
積極的に場所を変えてみることも素晴らしいことだと私は思う。

そしてこの過程では、必ず自分と向き合うことになる。
自分の現在の姿と理想の姿とのギャップを認識することになる。
自分の内面と外面の差を理解することになる。
これが明確にわかった瞬間は、喜ぶべき瞬間だ。
なぜなら、理想の自分に一歩、踏み出せるのだから。
そのギャップを持ったまま行動を続けていれば、
そして自ら作り上げた理想の役を続けていれば、
それはやがて本当の自分になっていく。
演じている自分なのか、本当の自分なのかわからなくなっていく。
それは、理想の自分を手に入れたことを意味する。

一度しかない人生。
一途にひとつのことに向けて突き進んでいくのも、美しく格好いい生き方だろう。
しかし、その一途を決めるのには慎重であるべきだ。
決める前にいろいろな寄り道をするのも悪くない。
最後には自分の中ですべてつながっていくのだから。

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世間の大多数の人たちは、恐らく「安定」を求めているでしょう。
起業したり、個人事業をするのではなく、「雇用される」ことを希望し、
もっといえば、「公務員」や大企業の社員になりたいと思うのでしょう。

私は昔から、どうも「歯車のひとつ」になるというイメージが強く、
「会社員」に憧れたことがありませんでした。
…ということで、未だに正社員の経験はありません。
ただ、正社員の経験しかない人たちと比べると、
普通の人が全く経験しないようなたくさんの種類の仕事を経験し、
なかなか面白い人生を歩んできたように思います。

「どんな役を与えられるのか、わからない中で、
 どんな役を与えられてもこなせるようになる。
 どこでも生きていける自信を手に入れられるのだ」
とありますが、与えられた場所で、自分の能力を最大限発揮できれば、
必ず結果が伴い、自分の自信が積み上がっていくのです。
幸い、私にはそんな経験と自信がたくさんあります。

若い時は、「これこそ、自分に与えられた運命の仕事なんだ!」なんて、
簡単に思い込んでしまったりしますが、
長く生きてくると、人生の節目節目で、自分のなすべき仕事が、
その時々で変化することを経験していきます。
そして、それが自分の希望することではなかったとしても、
与えられた場所で、精一杯頑張っているうちに、
自分がやるべきこと、やりたいと思えることが、自然と見つかるのです。

一度しかない人生。
その都度都度で、精一杯、人生を謳歌して生きていきたいと願います。




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