“ありがとう”があなたを美しくする

2016/10/04 (火)  カテゴリー/本のご紹介

10月に入りましたね。
今年は、本当にたくさんの本を読んでいるPOPULAですが、
多い日には、4冊ほどの本を読み終えてしまいます。
少々、読書中毒気味かも…。(汗)

それではまたしても、あちらの本の中から。

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○“ありがとう”があなたを美しくする

・どこにフォーカスするかで幸せ度が決まる

確かに、“不幸”の渦中にあるときは、不幸にしか目が行かなくて、
不幸に大きくフォーカスしてしまいがちになります。
生きていることだけで、いっぱいいっぱいになってしまうかもしれません。
しかし、不幸な中にも、小さな小さな幸福に焦点を当てて、
それを拡大鏡で見るが如く、ずーっとそれを見られるようになると、
自分の視野には、その幸福な事柄だけがどんどん大きく写ってくるのです。
そうです。私たちは、小さな幸せに感謝する気持ちを持ち、
心からの“ありがとう”を習慣にするだけで、いとも簡単に
自分の住んでいる世界を「幸せ」という眼鏡で見ることができるようになります。
そうすることで幸せのスパイラルに乗ることができるのです。
もちろん、苦しいことの渦中にあるときは、周りが見えなくなることもあります。
でも、その渦中にあるときこそ、その中から、
いったん、ポーンと意識だけ飛び出して、
不幸に浸っている自分を第三者目線で眺めてみることで、
必要以上に悲しむことも落ち込むことも少なくなります。

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私自身、結婚するまでは全く御縁のなかった心療内科に、
結婚してからは何度か通わないといけなくなりました。
独身時代には関係なかった多くのストレスを抱え、
様々なうつ症状が発症してしまい、呼吸が難しくなってしまったからです。
オランダに行く前、日本に帰って来てからも、心療内科へ行きました。

著者もおっしゃっているように、不幸の渦中にいるときは、
その不幸以外に目が向かなくなって、視野狭窄に陥っています。
毎日、なんとか“吸って、吐いて”の息をして、食事をとって、きちんと寝て、
翌朝を迎える…ということだけで、精一杯になります。
だから、そんな状況に自分があるときに、
不幸の中に幸せを見つけるということは、正直難しいと思います。

でも、そんなときだからこそ、
無理やりにでも「ありがとう」と口に出すようにすれば、
ひょっとしたら、出口が見つかるのかもしれません。
そして、自分を客観視できるようになれば、不幸から脱出し、
幸せに向かって歩めるようになるのかもしれません。

「うつ」がひどい時には、女性として美しいとは言えないでしょう。
だからこそ、日々「ありがとう」と口に出せれば良いですよね。
ちなみに私は最近、独り言のように「ありがとう」と口にするようにしています。
自転車に乗っているとき、道を歩いている時など、
声に出して「ありがとう」と言うようにしています。
なんとなく、気分が明るくなるような気もしています。
しばらく、続けてみようと思います。




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嫌われてもいい!

2016/10/09 (日)  カテゴリー/本のご紹介

今日は、

美人になる方法


こちらの本のご紹介、最終回になります。

「美人」の定義は、人それぞれ違うと思いますが、
“見た目”だけではなく、心身ともに美しく生きたい…という思いを持ち、
日々努力を続けている人が「美人」と言えるのかもしれません。

では、今日ご紹介したい個所を…。

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○嫌われてもいい!

あなたは人からどう思われるか、とても気になるタイプでしょうか?
人からどう思われるかが過度に気になる方や、
みんなに好かれたいと思うタイプの人は、
「自分の意思を殺してしまう」傾向があります。
多くの人に自分を合わせてしまう傾向があるので、
自分の好みも、考えも、価値観も、見失ってしまうかもしれません。
そうなると、自分は一体どうしたいのか?何が好みなのか?
どうして欲しいのか?こうした事柄も分からなくなってしまいます。

でも、これだけはハッキリ言えます。
すべての人にいい人と思われたい、受け入れられたい、と思っている人は、
自分の人生を歩むことはできません!
なぜならすべての人に好かれること、受け入れられること、
いい人と思われることは絶対に無理だからです。
もし100人中100人にいい人、と思われている人がいるとしたら、
その人は誰にでも合わせられる、カメレオンのような人です。
そこには自分の信念も軸も何もありません。
当然ながら、嫌な人、利用しようとする人もたくさん寄ってきます。

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「すべての人にいい人と思われたい、受け入れられたい、と思っている人は、
 自分の人生を歩むことはできません」
「すべての人に好かれること、受け入れられること、
 いい人と思われることは絶対に無理」
というのは、真実ですよね。本当に、そう思います。

他人にどう思われようと、自分が心地良い生き方をしなければ、
「美人」とは呼べないのかもしれません。
自分らしく、自分の意思を曲げずに生きることで、
美人になっていけるのかもしれませんね。




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関西人ならお馴染みの…

2016/10/14 (金)  カテゴリー/グルメ

さて、長い間本のご紹介ばかりが続いたので、
この辺りで、お気楽ネタを。(笑)

関西の方にはお馴染みのかりんとう風あられ。
それは、こちら。
鶯ボール
関西以外の方には、あまり馴染みがないかもしれませんが、
戦前から存在しているというロングセラー商品なんですよ。
私も子供の頃から愛食しています。

茶色い部分がかりんとう風なのですが、これが…、硬い。(汗)
何度も舌や頬の内側などから流血しております。
それでも、美味しくてやめられないのです。

そして、最近食べたのがこちら。
鶯抹茶
抹茶味の鶯ボール。
これは、めったにお目にかかれない商品なのですが、
パッケージ違いではありますが、新大阪のEKI-MARCHEに入っている
うぐいすボールの売り場では、手に入ります。
詳しくは、こちら

この抹茶味の鶯ボール、めっちゃめちゃ美味しい~♪んです。
定番の鶯ボールに、とってもふんだんに抹茶がまぶされていて、
ちょっとしっとりした感じで、甘さに深みがあって、本当に美味しい。
やはり、お値段は少々高めですが、また食べたいと思いました。
皆さんも、どこかで目にされた時は買いですよ!




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日本の村八分問題

2016/10/19 (水)  カテゴリー/本のご紹介

今日からご紹介するのは、こちらの本。

とらわれない生き方 悩める日本女性のための人生指南書


著者は、皆さんもご存じだと思いますが、漫画家のヤマザキマリさん。
『テルマエ・ロマエ』を描かれた方です。
海外生活や国際結婚など、本当に波乱万丈の人生を送っておられて、
その人生経験が、物凄いパワーを生んでいるような感じなのですが、
この本は、読んで損しない1冊だと思います。

それでは、この中から印象的だった個所を。

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4章 人生の処方箋と「タガ」の外し方

◆日本の村八分問題!?

――では、職場という世間の中で
  「同僚や上司に足を引っ張られるときの対処法」についてはいかがでしょう?

具体的な対処法を考える以前に、
「あなたがしっかりしていれば全く平気」ということだとは思います。
そしてまずは、引っ張られて悲しみ嘆くより、
足を引っ張る側がなぜそうしているのかを考える。
これはイタリア式の考え方なんですが、
「この人たちは何か問題を抱えてるんじゃないかな?」
というところから始めてみるんです。
誰かに否定的な態度をとられた際、自分の欠点を客観的に見るのも大切ですが、
相手のコンプレックス、嫉妬などが絡まってないか、
そういうことをよく見るのも必要です。
相手に原因や問題があるとわかれば、
仮に自分が村八分になっても気にならなくなるし、自分を下手に責めなくてもいい。
そうなると、「ま、別にいいや」で済むこともあるわけです。
私も以前日本の組織で働いていた経験があるのでわかりますが、
組織の中で個を確立しようとすると、仲間外れの力学が働き、
結局は群れのほうが強いことを思い知らされます。
村八分の問題は、日本において本当に大きいですね。
そういう事態に直面した場合の対応策は、
「引き出しをいっぱい持つ」ことだと思います。
私もその時の経験で、自分の引き出しを増やせました。
みんながセーターを着ているなら、セーターを着ればいいこと。
そうやって同調したところで、あなたの核なるマザーは削れないし、
侵されもしません。(略)
日本の人は口に出して言わないことが多いですが、 
自己完結では何の解決にもなりません。ためていたらダメ!
考えと言葉が直結する技能を人間は持っているんだから、使わなきゃ。
お腹がすいたときに猫がニャオニャオ鳴くのと同じです。
第三者との会話で、足を引っ張られる筋合いはないと確認できたら、
村八分にも耐えていけます。
話せる人がいなければ、本でも構わない。
アインシュタインやヘーゲルでも何でもいいから、尊敬できる人の本を読みましょう。
そして自分の価値観を補強すれば、足を引っ張る人に影響されなくなります。
もし、足を引っ張られたり、仲間外れになっていることで、
無力感を覚えているとすれば、それはマザー(本当の核である自分)と
融合した視線になっているからでしょう。
まずはマザーと、もうひとりの自分を分離させてみる。
無力感なんて持たなくていいです。悩むこともない!
一人ひとりの考えが違うことはもうしょうがないのですから。
そんなことで傷つき消耗することはありません。

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自分が何らかのトラブルに巻き込まれて悩みを抱えているとき、
必ず視野狭窄に陥っています。
しかし、視点を少し変えてみる、状況を俯瞰してみると、
考えを切り替えれることがあります。

「マザーと、もうひとりの自分を分離させてみる」という個所。
この本の中では、この「マザー」という存在がよく出てきます。
私はこの2年間で、自分の中の「マザー」と「自分を客観視する自分」の
2人の自分が自分の中に存在している感覚を得ることが出来ました。
これまでは、観念としてしか理解していなかったのですが、
ようやく「実感」できたということです。

この本が出版されたときに、
ヤマザキマリさんがインタビューに答えておられる記事を発見しました。
「マザー」についても書かれてありますので、興味のある方はどうぞ。
⇒ こちらの記事




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多様な価値観

2016/10/24 (月)  カテゴリー/本のご紹介

前回からご紹介し始めたヤマザキマリさんの本。
皆さん、興味を持ってご覧頂いているでしょうか?
今日も、気になった個所をご紹介したいと思います。

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◆多様な価値観に開かれるほど、人生は楽しい

――「空気を読む」は日本ではマナーのように考えられていますが、
   読みすぎるのは、閉塞感を生じさせたり、
   姑息になったり、マイナス面もありますよね。

そうですね。
それに「空気が読めないから、あいつはおかしい」
「変なことを言うから気持ち悪い」と異質なものを排除していては、
面白い人は出てきません。
特性を嫌って、いじめにまでエスカレートするのも間違ったことですね。
いじめは人間的なモラルの無さからくると思うのですが、
西洋の社会で日本ほどいじめが問題にならないのは、
キリスト教のモラルが関係しているようです。
イタリアに住んで思うのは、
「こんなことをされたら自分も悲しい」という感受性が
社会の中に存在しているんですよ。
日本では個々人にはあっても、
社会全体では共有されていないのではないでしょうか。
宗教がいい、必要だという話ではないのですが、
今の日本は宗教的な道徳観の拘束がなくなっているため、
難しさを抱えた国になっているとは思います。(略)
人間は信じる何かにすがりたいという気持ちが、どこかに生じるものです。
宗教を持つ人はそこでその気持ちが消化されますが、
なければ別のものが対象になってくる。
例えば、何らかの社会運動を自分の宗教のようにしてしまう人もいますよね。
違う意見と議論が必要なテーマでも、宗教の代替になってしまうと、
自分の主張を通すことに自分の存在意義まで絡まってきて、
反対意見に耳を傾ける余裕がなくなってしまいます。
いずれにしても、異質なものを認められない傾向は、
日本人の成熟を妨げていると思いますね。
足並みを揃えることに必死になりすぎている気がします。

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私たち、海外生活経験者にとっては、割とすんなり理解できるのでは?と思います。
「今の日本は宗教的な道徳観の拘束がなくなっているため、
 難しさを抱えた国になっている」というマリさんのご指摘は、当たっているでしょう。

「道徳」ではなく、「修身」の復活を願います。
私は以前も記事に書いたと思うのですが、明治時代の修身の教科書を入手し、
最後まできちんと読みましたが、大変良いことがたくさん書かれていました。
信教の自由は変える必要はありませんが、人としてどう生きるか、
人として何を大切にするべきかを、「日本」としてどう教え、どう伝えるのか。
個々人の「自由」ばかりを優先させるのではなく、
国家として、どういった国(民)でありたいと願うのか。
今の日本には、そのあたりがスコンっと抜け落ちてしまっているように感じます。




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