瞬間を生きる

2018/11/05 (月)  カテゴリー/本のご紹介

ご紹介し続けたこちらの本も、とうとう今日が最終回です。
今の私の生き方、考え方にとても合っているので、
感動しつつ、読んだ個所をご紹介しましょう。

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◆瞬間を生きる。次の瞬間、死んでもいいように
人間は何のために生きているのか。
人生の目的とは何なのか。
私は、人間としての完成度を高めることこそ、目的ではないかと思っている。
自分自らが誇れる人間になっていくという、
そのプロセスを、死ぬところまで続けることこそが大切なのだ。
そしてここで意識をしておかなければいけないことは、
人間、生まれてくる順番はあるけれど、死んでいく順番はないということである。
(略)

だからこそ、死に対する緊張感をしっかり持っておかなければいけない。
そうすることによって、今この瞬間に
自分が生きている生に対する実感を得ることができる。
自分が手に入れているのは、もうこの瞬間しかないのだと気づくことができる。
重要なのは、この瞬間に対して、自分のすべての心血を注ぐことだ。
(略)

そういう意味で、我々は死生観を持つ必要がある。
死を考えるということは、生を考えることでもある。
ここでいう死生観とは、一人の人間としての限界と可能性を認識することであり、
自分という存在を取りまく唯一変えられない運命を冷静に眺めることである。
生と死との間には限られた時間しか残されていない、
という生の有限性を認識することである。
(略)

人間の年齢と人間の成熟さは必ずしも一致しない。
生きてきた時間がどんなに長くても
その人が価値ある時間を過ごして来なかったとすれば、
それはこの世に物理的に存在した時間が長かっただけで、
運命に翻弄された時間が長かっただけに過ぎない。
重要なのは、瞬間に対する緊張感を持ち、瞬間を刻むことなのだ。
時間の長さではなく、“魂”の温度をもって時間の濃度を限りなく高めていく。
この瞬間にすべて賭けるということこそ、生きる人の権利であり、義務なのである。
このことが分かった瞬間、くだらないこと、つまらないことには目が向かなくなる。

人間の生きた価値は、どれほど長く人生を生きたかではなく、
どれほど濃度の濃い人生を生きたか、によって決まると私は思う。
図式にすると、「濃度×長さ=人生の価値」になる。
(略) 
人間は人生のある時点で、自身の志しや良心という尺度で
人生を生きていくことを決意する必要がある。
また、時に、自分の尺度が社会や組織の尺度とぶつかるときがあろうが、
その時は自身の尺度を優先する気概も持たないといけない。

視野が狭かったり、近視眼的にしか物事が見られなかったり、
ネガティブなことばかり言っていたり、
理不尽なことを言ってくる人たちの、わびしさが見えてくる。
それもまた、自分にとっては大きな学びであることに気づける。

目指してほしいのは、もっともっと大きな人間だ。
もっともっと美しい人生、素晴らしい人生だ。
それこそが、あなたが目指すべきもののはずなのである。
人間としての完成度を高めること。その意識を持つこと。
それは必ず、このかけがえのない人生を堪能し、
充実させることにつながっていくと私は信じている。

おわりに
●絶対不可侵領域としての自己を確立し、どんな状況でもそれを貫くことだ
人生の価値は、自分が自分をどれほど信じたか、で決まると思う。
だから、何があっても自分に対する絶対的な信頼を失わないことだ。
絶対不可侵領域としての自己を確立し、どんな状況でもそれを貫くことだ。
そしてすべての瞬間において自分の存在意義を証明し続けること。
他人ができることは行わない。
他人が語れる言葉は発しない。
自分しかできないことを見極め、それだけを実践し続けること。

今この瞬間を最後だと思い、燃え尽きるように生きること。
そして最後は自分に残されたすべての夢も欲も愛も使い尽くし、
何も残されていない絶望の中で死ぬ。
それこそが、美しい人生であると私は思う。

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如何でしたでしょうか?
全10回にわたってご紹介してきた『媚びない人生』。
皆さんの心に、何らかの良いものが残っていれば幸いです。

人間としての完成度を高めようとする努力を、
死ぬ瞬間までひたすら続けること。
それこそが、人生の目的ではないか…と著者は言います。

そして、そのために必要なのは、「死生観」だと。
「死生観」があればこそ、「今、ここ」の大切さを理解でき、
過去や未来にとらわれず、今この瞬間を生きることに集中できると。

「人間の年齢と人間の成熟さは必ずしも一致しない」
とありましたが、本当にその通りだと思いますよね?
年上の人でも、全く尊敬に値しない人もいるし、
かと思えば、年下の人でも、尊敬できる人もいる。
まさに、「濃度×長さ=人生の価値」だと言えるでしょう。

「この瞬間にすべて賭けるということこそ、生きる人の権利であり、義務」
と著者は言っていますが、私もこの個所に強く共感しました。
「一日一生」の考えを基に、毎日を生きるようになってから、
「今、私は生きている!」と、そのこと自体に喜びを感じられるようになりました。
だから、「無駄にできる時間などない」と、瞬間、瞬間を丁寧に、
そして大切に生きるようになりました。

「人生の価値は、自分が自分をどれほど信じたか、で決まる」
とありましたが、これも本当にその通りだと思います。
自分を信じる = 自信 ということですものね。
自信が持てる…ということは、それだけ自分を信じられるということ。

「自分しかできないことを見極め、それだけを実践し続けること」
「今この瞬間を最後だと思い、燃え尽きるように生きること」
と著者が言うように、この様な生き方を私も目指しています。
他人の評価なんてどうでもよくて、自分が死ぬときに、
自分の目標に到達していなかったとしても、「よく頑張った」
「思い残すことはない」と、満足して死にたいな~…って思います。
与えられた生を燃焼させ、燃え尽きて死ぬ。
理想ですが、そのような人生を歩んでいきたいと思います。

これにて、こちらの本のご紹介は終了です。



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とりあえず飲んでみる

2018/11/11 (日)  カテゴリー/本のご紹介

さて、今日からはこちらの本をご紹介したいと思います。

始めるのに遅すぎることなんかない! (サンマーク文庫)


40歳半ばになってから、新しいことを始めた私。
つい、この本のタイトルに惹かれてしまい、手に取りました。(笑)

正直、タイトルと中身が合致しているのかどうか、
微妙…という印象ではありましたが、
「なるほど」と思うところも多くありましたので、ご紹介したいと思います。

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003 目の前のスープがおいしいかどうか知るには、
   とりあえず飲んでみることである

あたりまえといえばあたりまえのことですが、
このあたりまえのことが実際できないひともたくさんいるというのが、
世の中のおもしろいというか不思議なところのひとつです。
手を伸ばして、スプーンを持って、一口すくって飲んでみる。
たったこれだけのことよりも、その材料や成分を確認し、
だれが、どんなふうに作ったかを確認し、
それでこのスープがどんな味で
どのようにおいしいかを論じようとするなんて、
私にとっては「え、どうして?」って感じです。
仮に、そんなことをして、ある程度味の見当がついたとします。
でも、それはしょせん「脳の味」ですから、
本当にわかったわけではありません。
「脳の味」、つまり、脳みそで想像した味。
ですから、実際の味ではないということです。
(略)
何かする前に、
ある程度自分なりにわかっていないと、不安なのでしょうか。
でも、それはやはり「脳の味」、
つまり脳みそでわかったつもりになっているだけで、
実際にわかっているわけではないのです。
私には、そのほうが不安です。
(略)


037 夢を見る。かなえようと決意する。
   そのときすでに、あなたはそれを手に入れている

(略)
強く願うというのは、単に目を閉じて手を合わせて、
一生懸命「願いがかないますように」と祈ることではないのです。
その夢をかなえるためにはどうすればいいのかをすべて洗いだし、
それを一つひとつクリアしていく自分を目の前に思い描くこと。
それが「強く願う」ということです。
そうして初めて、その夢が現実のものになり始めるのです。
夢は自分の手でかなえるもの。
「こうなったらいいな」と思っているのは、
「だれかがかなえてくれたらいいな」と待っているのと同じで、
それでは百年待ってもかないっこありません。
「絶対にかなえるんだ」と決意するということは、
そのために必要なことをすべて、
何があってもやり遂げるんだと決意したのと同じです。
ということは、もう手に入れたも同然なのです。
(略)

048 知識も大事だけれど、知恵はもっと大事
(略)
知恵のある人というのは、知識をうまく使いこなせる、
知識を生かして、もっとすごいことができる、そういうニュアンスがあるのです。
(略)
知識というのは、教わったり、見たり聞いたりして知っているものですが、
知恵には、それを使う人のアイデアがある。
それが決定的な違いではないかと思うのです。
(略)


052 好きなものを「好き」といえるプライドを持つ

自分が好きなものを「好き」というのは、
私にしてみればとても自然なことだと思うのですが、
なぜかそれができない人も世の中にはいるようです。
「自分がこれを好きだといったら、周りの人にどう思われるだろう」と、
おどおどした気持ちを持ってしまう。
でも、そんなことで周りを気にしているのは、自分自身がないのと同じです。
(略)
自分自身にプライドを持っているから、好きなものは「好き」といえますし、
第一、自分が好きなのにそれがいえないということは、
最終的には絶対損なのではないかと思うのです。
(略)

================================

最初のパートは、まさに「百聞は一見に如かず」のお話。
手に入れた情報や知識をこねくり回し、自分の脳の中だけで結論を出す。
そんな人、あなたの身近にもいるのでは?
こういう人って、本当にたちが悪いように感じます。
なんだかんだ理由を付けて、現状維持をしようとする人も多い。
わかっていないのに、わかった気になってしまう人も多い。
でも、それって違いますよね。
実際にやってみて初めて分かることって、本当にたくさんあります。
たった1度の経験が、数年の想像をはるかに凌駕するのは、至って普通でしょう。

続いてのパートは、勇気をもらえる言葉でした。
自分の夢を、まさに現実のもののように想像し、
ありありと眼前に見えるようにする。
これができるようになると、「私は必ずできる!」「現実になる!」との、
圧倒的なパワーが自分の中から漲って来るのを感じられるようになります。
「決意すれば、手に入れたも同然」という言葉は、とても勇気を与えてくれます。

そして、次のパート。
私が猛烈に読書を続けていることを知ったある人が、
「知識ばっかり付けたって…」と、
私のことをバカにする発言を繰り返すことがありました。
(もちろん、その人は読書なんて全くしないし、勉強もしないわけですが…)
でも、著者が書いているように、「知恵」というものは、
そのベースに「知識」そして「経験」があってこそ、働かせることができるもの。
「知識」以上に「知恵」の方が大事だけれど、「知識」も侮ってはいけないのです。

そして、最後のパート。
「自分がこれを好きだといったら、周りの人にどう思われるだろう」
と思う人に対して、著者は
「そんなことで周りを気にしているのは、自分自身がないのと同じ」
と言っています。
私も、その通りだと思います。
自分の人生の舵を取れるのは、自分自身だけ。
なのに、他人の価値観に振り回されていては、
自分自身がないのと同じなわけです。
周りがどう思おうと、そんなことはどうでもいい。
自分らしく、自分が好きなことを、
自分が生き生きとやっていくことができれば、
それこそが、素晴らしい満足のいく人生だと思うのです。

他にもまだまだご紹介したいところがありましたので、続きはまた次回に。




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平凡な人生とは、退屈な人生

2018/11/17 (土)  カテゴリー/本のご紹介

今日も、前回ご紹介を始めたあちらの本の中から、
印象的だった個所をご紹介したいと思います。

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053 平凡な人生とは、退屈な人生のことである
ひょっとして、ずっと平凡な人には、不可解な言葉かもしれません。
「平凡のどこがいけないの?」と聞かれるかもしれません。
でも、そうしたら私も聞き返したいのです。
「じゃあ、平凡のどこがいいの?」と。
(略)
「私は平凡が好き」というのは、
単なる負け惜しみなのではないかという気がするのです。
自分でも本当は平凡な人生なんていやだと思っているけど、
つい逆のことをいってしまっているのです。
もうこの平凡からある程度抜け出せないということが自分でもわかっているから、
とりあえずそれを肯定しておこうという安全策のひとつなのではないでしょうか。
(略)


054 大事なのは「自分を好きかどうか」
(略)
そもそも、「いい人」というのは、どんな人のことをいうのでしょう。
「だれにでもやさしい人」「周りに害を及ぼさない人」……
私の感覚では、それは単なる「あなたにとって都合のいい人」
「どうでもいい人」に近いものがあると思うのですが。
というのは、たいていの場合だれかにとってのいい人になってしまっているからです。
いい人になるのなら、自分自身にとってのいい人にならないといけないのです。
それは、自分を肯定できる人、自分を受け入れられる人、
つまり、「自分を好きな人」なのです。
自分が好きな人なら、自分の自発的な行動を認めることができるし、
たとえそれでうまくいかなくても、失敗ごと受け入れられます。
そして、そのたびにいろいろと学んでいけるのです。
でも、自分が好きでなかったら、失敗した自分を許せないし、
失敗しないように、自分がいいと思うことよりも
他人がいいと思うことを基準にしてしまうのです。
それでは人生とうまくつき合ってはいけません。
自分で考え、自分で選び、自分で物事に対処するたびに、
そういう経験を少しずつ積み重ねていくたびに、
ヒトは少しずつ強くなっていくのです。
その強さが、人生におけるあなたの味方になるのです。
そのための基本はまず、自分を好きかどうか、ということなのです。


063 自分に拍手できる人になる
一生懸命努力したとき、それがたとえうまくいこうがいくまいが、
自分がどれだけよくやったかということは、
ほかのだれでもない、自分が一番よく知っています。
(略)
だから、自分で自分に拍手できるということは、
だれにも胸を張って「私は精一杯頑張りました」と誇れるということなのです。
嘘やごまかしのない、美しい瞬間だと思うのです。
(略)
仕事でも、趣味でも、主婦の家事でもいいのです。
自分が本当にするべきことを自分にできるかぎりの力でやり遂げたというときは、
それが結果に結びつこうがつくまいが、
だれにも遠慮せず、自分をねぎらってあげていいのです。
「よく頑張ったね」「えらかったね」と、自分を励ますように語りかけてあげるのです。
それはあなたの中で大きな自信になります。
精一杯やり遂げることができたというその自信は、
次のときにはそれを成功させるための原動力になることでしょう。
自分に拍手できる人になる、それは自分を大切にできる人になるということです。

=============================

最初のパート。
これは、私も正直、ちょっと共感してしまいました。
というのも、私はいわゆる「平凡な人生」をよしとせず、
「自分らしく」生きることをモットーにして生きてきたからです。
その結果、波乱万丈の人生であって、「安定」とは程遠いものの、
自分では「なかなか面白い人生」を歩んできたように思います。

続いてのパートは、「自分自身にとってのいい人」。
私も、しばらくの間、自己肯定感がダダ下がりの時期を経験しました。
いわゆる「うつ状態」に陥ってしまったのです。
この期間中、自分で自分を好きになれなかったせいで、
他人の評価や価値観を基準に生きざるを得ず、その結果、
自分の人生を放棄してしまうようなことになってしまっていました。
しかし、自己肯定感を高めることに成功したら、自分のことが大好きになり、
いいことも悪いこともひっくるめて、「これが私! こんな私が大好き!」と、
心から思えるようになりました。
自分のことを好きになることさえできれば、
どんなことにも自信を持ってチャレンジできるのです。

そして、最後のパート。
この個所は、激しく同意してしまったところです。(笑)

「自分がどれだけよくやったかということは、
 ほかのだれでもない、自分が一番よく知っています」
これ、本当にその通りですよね。

私がオランダ生活を送っていた当時、
私に嫉妬や妬みの感情を抱いていたと思われるある女性が、
事実に基づかない悪評を流したせいで、
私がとんでもない人間だとの噂が広められてしまったことがあります。
でも、私はひたすら真面目に一生懸命頑張っていました。
実際には、そんな“でっち上げの作り話”とはほど遠い人間だったのです。
そして、そのことを他の誰でもない、私自身がよく知っています。

そのことだけではなく、私は長年、
いわゆる“風評被害”に悩まされる状況に身を置き続けていました。
その風評を誰が流したかについて、ここでは言及しませんが、
本来であれば、私の支えになってくれるはずの立場の人間でした。
このことで、私は長い間、数々のうつ症状と付き合わねばならず、
本当に大変辛い時期を過ごしました。

でも、ようやく、出口の見えない長い長いトンネルから抜け出し、
自己肯定感も再び高めることができ、今の自分が大好きになりました。
これまで、私に対して悪意を持った人間に、
ありもしない作り話を言い触らされたおかげで苦しみましたが、
もう、そんな時間は過ぎ去り、自分が満足できる生き方を実践しています。
そう、「自分が本当にするべきことを自分にできるかぎりの力でやり遂げた」のです。
だから、「自分で自分に拍手できる」し、「自分を大切にできる」ようになったのです。

今、私は心から、自信を持って、
自分で自分自身に「敢闘賞」を贈りたい気持ちでいっぱいです。
「よく頑張ったね」「えらかったね」と、
自分で自分をほめてあげたいと思います。(笑)




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得るために失うものもある

2018/11/23 (金)  カテゴリー/本のご紹介

さて、今日も、あちらの本からのご紹介となります。
自分の人生を見つめ直すために、是非ご覧くださいませ。

=============================

070 得るために失うものもある
人生にはいつも、優先順位というものが存在します。
(略)
私たちは毎日、いろいろな選択をすることによって、未来へと向かいます。
それはちょうど、別れ道をいくつも通りながら旅していくようなものです。
AとBという道があり、迷ったあげくAを選んだとします。
それは、AのほうがBよりもいいと判断したからです。
それなら、その判断を信じて、また進めばいいのですが、
ときどき、選ばなかったほうのBにこだわりすぎて前に進めない、
あるいは選ぶことさえできずに立ち往生している人もいます。
こういう人は、選ばなかった方を問題にして、
損をしたような気がしているのかもしれません。
でも、選んだほうに焦点を当て、
それを得たということを確認しなければいけないのです。
でないと、さらによくなるために選択したはずなのに、
結局はだめになってしまいます。
目の前のことしか見えていないと、こうなりやすい。
あまりに「損をしたくない」と思うから、いま何かを失うことを恐れる。
たとえそれがあとで何倍にも大きくなって戻ってくるかもしれなくても。
でも、何も損をせずに得だけ取れるというのは、基本的にありえない話なのです。
何かを手に入れようと思ったら、
どんな形であれ代価というものを支払わなければいけない。
多少の犠牲も覚悟しなければいけない。
痛みも苦労もなしに、目的だけ達成するというのはありえないのです。
(略)


076 あなたの未来は、いま何をしているかで決まる
(略)
「いまから何か動き出さないかぎり、
未来の自分は決して変わりはしませんよ」ということなのです。
蝶として変身するためには、いまから準備しておかないと、
さなぎにもなれないし、脱皮もできないのです。
(略)
未来というものは、固定された姿で
ずっと遠いどこかに横たわってあなたを待っているわけではありません。
それは、現在のこの瞬間のあなたに呼応して、変幻自在に姿を変えるのです。
あなたのいまが、そのままあなたの未来になるのです。
(略)


077 プロフェッショナルであるということは、シンプルであるということ
プロフェッショナル、つまり「本物である」ということは、
シンプルであるということです。
言い方を変えると、わかりやすいということになります。
(略)
作家の森瑤子さんが生前にその著書の中に書いていたことですが、
仕事においてプロフェッショナルであるということは、
とてもシンプルなことであるそうです。
約束を守ること、手抜きを絶対にしないこと。
それ以外のことは、実にどうでもいいことだと、そこには書いてありました。
確かに、実にシンプルです。
(略)
余計なものを捨てて、研ぎ澄まされてこそ、プロフェッショナルなのです。

=============================

最初のパート。
生きる…ということは、選択する…ということ、とも言えるのではないでしょうか。
簡単なことから難しいことまで、私たちは生きている限り、
毎瞬間、毎瞬間、色んな選択をしながら生活しているのです。

AとBという道があり、迷ったあげくAを選んだにもかかわらず、
選ばなかったほうのBにこだわりすぎて前に進めない…という人、
結構多いのではないでしょうか。
選ばなかった方にこだわり、 損をしたような気がして、何の得があるのでしょう?
著者のいうように、
「選んだほうに焦点を当て、 それを得たということを確認しなければいけない」
のは、当然のこと。
でなければ、その選択をした自分自身を否定したことになります。

判断をしたときには、その選択がベストだと信じたからこそそうしたのであって、
後から振り返って「あのとき、ああしていれば…」と後悔するくらいなら、
まだ、来ていない未来をどうやったら変えていけるのか、考えましょう。

続いてのパートにあるように、
「未来というものは、固定された姿で
 ずっと遠いどこかに横たわってあなたを待って」などいません。
今の私が、未来を変幻自在に変えることができるのです。
今の自分が、未来を作るのだと自覚することが大切です。

そして、日々誠実に「本物」として生きること。
森瑤子さんがおっしゃるように、
「約束を守ること、手抜きを絶対にしないこと」を徹底し、
余計なものを捨てて、研ぎ澄まされた人物になりたいと思います。
非常にシンプルなことだけれど、とても大切なこと。
忘れずに生きていきたいですね。

これにて、こちらの本のご紹介は終了です。




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成功する女、しない女

2018/11/30 (金)  カテゴリー/本のご紹介

なんと! 11月も今日で終わり。
今年も、あと1カ月となりましたね~。

さて、今日からはこちらの本をご紹介します。

成功する女、しない女の習慣 (PHP文庫)


ちょっと、気になるタイトルでしょ?(笑)
では、印象的だった個所をいつものようにご紹介しましょう。

========================

Chapter1 イケてる女は輝き方が超まぶしい!
●笑顔とあいさつは先にする
笑顔とあいさつの基本は、
“こちらからまず先にする!”ということです。
できる女は、絶対みんなそうしています!


Chapter2 できる女は存在感がひときわグレート!
●言葉を尽くす
「外国では、とにかく
 “こんなに細かいところまで、言葉にするのか”というところまで、
 丁寧に言葉を尽くします。そうしないと、相手に何も伝わらないからです」と。
(略)
日本人というのは、夫婦でも恋人同士でも(また、親しい人や仲間などにも)、
「わざわざ口にしなくても、そんなことくらい言わなくてもわかるだろう」
という風潮があって、言葉を省略して関係を持とうとするところがあります。
しかし、たとえばアメリカなどの外国では、たとえ、夫婦や恋人同士であっても、
というか、むしろ大切な関係の人にほど、
しっかり気持ちを伝えるためにちゃんと言葉を尽くします。

言葉なくして、良好に成り立つコミュニケーションなど、ありえないからです。

========================

オランダで生活している皆さんには、今日ご紹介した個所、
「ふむふむ」と納得なさるのではないかと思います。

オランダでは、公演をお散歩しているだけの時でも、
知らない人同士で出会ったら、気軽に「ハロー!」と挨拶しますよね。
私は、このコミュニケーションが大好きでした。

日本に帰って来てからは、流石に知らない人に気軽に挨拶する…という
場面は正直激減しましたが、それでも、買い物をした際に、
レジの人に「ありがとう」とか「頑張ってね」と積極的に声をかけたり、
飲食店では、必ず調理場の人たちにも聞こえるように大きな声で、
「ごちそうさまでした~!」と言うようにしています。
まあ、この習慣は、独身時代からずっと続けていることですけど。

人間同士の関係って、何かを受け取るのをただ待っている…というのではなく、
こちらから能動的に行動すれば、きちんと受け取れるものなんです。
こちらが笑顔を向ければ、相手も笑顔になるって経験、したことありますでしょう?
挨拶だって、同じです。こちらから声をかければ、大抵向こうも応えてくれます。
そして、何か温かなものが心に生まれ、1日の幸せが増える。
これって、嬉しいことですよね。

そして、後半。
異文化の人と接する際、「これでもか!」というところまで、
細かく丁寧に説明することができるにもかかわらず、
私たちは最も近い家族に対しては特に、説明を省こうとします。
それは、「そんなことくらい言わなくてもわかるだろう」という考えがあるから。
でも、血のつながった親子でも、それは無理なこと。
以前、夫の実家に行った際、夫の母が同じ話を3回繰り返し話すことで、
ようやく夫が話の内容を理解できた…という様子を横から眺めていた私は、
「私も、夫に対して、言っていることがなかなか通じないけど、
 血がつながった親子でこれだったら、仕方ないわね~」
って思ったことを思い出します。(笑)

「大切な関係の人にほど、 しっかり気持ちを伝えるために
 ちゃんと言葉を尽く」すことこそが、大切なんですよね。
「言葉なくして、良好に成り立つコミュニケーションなど、ありえない」
というのは、真実だと思います。
「俺は、話すのが苦手だから…」と言い逃ればかりを夫が繰り返していては、
夫婦関係がどんどん悪化するばかり。
話すことが苦手ならば、どうすれば良好なコミュニケーションがとれるのか、
真剣に考えなくてはならないのではないでしょうか。
「言わなくてもわかってくれるだろう」という考えは、単なる甘えです。
奥さんが、一生懸命話そうと努力しているにもかかわらず、
それを「疲れているから」「忙しい」「一人になりたい」など、
それらしい理由を言って、突っぱねてばかりの毎日が続くようでは
最終的には、夫婦関係の破綻につながるように思います。




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