三島由紀夫の遺言

2013/06/13 (木)  カテゴリー/日本と日本の周辺の現状

昨日、三島由紀夫の言葉をご紹介しました。
本当は、あと少しご紹介したい言葉が残っていたのですが、
あまりにも記事が長くなりすぎるために、
続きは、今日ご紹介することにしました。

今日は、彼が割腹自殺をする前に、
バルコニーから撒布した三島由紀夫の最後の声明文、
「檄(げき)」から抜粋してご紹介したいと思います。

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かえりみれば、私は隊内で準自衛官としての待遇を受け、
一片の打算もない教育を受け、又われわれも心から自衛隊を愛し、
もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、
ここでこそ終戦後ついに知らなかった男の涙を知った。

われわれにとって自衛隊は故郷であり、
生ぬるい現代日本で凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。
教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。
 
われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、
国の大本を忘れ、国民精神を失い、
本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、
自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。
政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、
偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、
敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、
日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、
歯噛みをしながら見ていなければならなかった。 


法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、
国の根本問題である防衛が、
御都合主義の法的解釈によってごまかされ、
軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、
道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。
もっとも名誉を重んずべき軍が、
もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。
自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。
自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、
警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、
その忠誠の対象も明確にされなかった。
われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。


憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、
真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に
大いなる責務はない、と信じた。

憲法改正がもはや議会制度下ではむずかしければ、
治安出動こそその唯一の好機であり、
われわれは治安出動の前衛となって命を捨て、国軍の礎石たらんとした。
国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。
政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、
はじめて軍隊の出動によって国体が明らかになり、
軍は建軍の本義を回復するであろう。
日本の軍隊の建軍の本義とは、「天皇を中心とする日本の歴史・
文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。


沖縄返還とは何か? 本土の防衛責任とは何か? 
アメリカは真の日本の自主的軍隊が
日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。

あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいう如く、
自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう。

生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。
生命以上の価値なくして何の軍隊だ。
今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。
それは自由でも民主主義でもない。日本だ。
われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。
これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。
もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。
われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として
蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。

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三島由紀夫が割腹自殺をした…ということは知っていましたが、
どういう意思を持って、この行動に出たのかについては、
これまで詳細に調べたことなどありませんでした。

彼が憂えていた1970年当時の日本、そして現在の日本、
彼が憂慮していた状況が、今尚続いているとしか言えないのでしょうね。

最後に、自衛隊に関する気になる記事をご紹介しておきます。
「自衛隊員妻に中国人600人」を読んで「国家と情報」を考える
書き込み殺到…自衛隊員600人が中国人と結婚

今の日本人に対して「平和ボケ」「(頭の中が)お花畑」など、
色々な表現がされますが、「確かに…」と思ってしまうPOPULAなのでした。




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