どうも最近キナ臭い…

2017/02/09 (木)  カテゴリー/本のご紹介

長い間ご紹介してきたこちらの本ですが、

100%幸せな1%の人々


今日でようやく、最終回となります。
色々とお伝えしましたが、皆さんの心に何か残るものはあったでしょうか?

それでは、今日はちょっと長めですが、印象的だった個所を。

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○悲惨な犯罪もすべて「神の承諾」の下で起きている。
 つまり敵意や憎しみを抱くことは、
 「さらなる犯罪を呼ぶだけ」ということを教えてくれている

私は学生時代から「唯物論者」なので、
神や仏を前提としてはものを考えていません。
しかしこれまでの研究の成果として、神も仏も、
守護霊も精霊も存在するのではないかと思うようになりました。
そして、世の中に起きているどのようなことも、
すべて神の承諾のないことは起きない、という結論に到達することになりました。
一般の人が言う、「悲惨な」出来事や「不幸な」出来事も、
ものすごく大きな「悲劇」というものも、
すべて「神の承諾」の下で起きているのではないか、と思うようになったのです。
繰り返して言っておきますが、私は今も唯物論者です。
かなりガチガチの唯物論者であり、現象がその事実を証明しないかぎり、信じません。
しかし、いろいろな現象を何千、何万と見つめてきた結果、
神というものが存在するのではないかと思うようになってきました。
そして、世の中に起きるすべてのことは、
私たちの感覚では「良い」とか「悪い」というとらえ方ができたとしても、
神の承諾を受けていないものはない、という結論にならざるを得ませんでした。
神が私たちに求めているのは、その現象について、
悲惨であるとか不幸であるとか評価・評論をすることではないように思えます。
神が私たちに求めているもの、宇宙が私たちに求めているものは、
おそらく次のようなことなのです。
一般的に「ひどい」とか「悲惨だ」と言われる事件が起きたとしても、
その報道を1億人の人がニュースで見たとします。
そして、人々がその犯人について「ひどい奴だ。許せない。
絶対に死刑にしろ。報復をしてもかまわないんだ。
世界中を探し出してその人間を殺すべきだ」と言って、
敵意と憎しみの塊になったとします。
そのとき、上空から見下ろしていて喜ぶのは誰でしょうか?
「悪魔」という存在でしょう。
「悪魔」は、人々が仲よしで、お互いに笑顔で、となり合った人を助け、
温かい空気の中でともに生きていく、ということを大変に嫌います。
敵意と憎しみのあるとこにだけ悪魔は住むことができるからです。
(略)

一方、神という名の存在の方は、大変悲しい思いをしていると思います。
もし逆に、1億人の人がその事件を見聞きして、こう考えたらどうでしょう。
「『私』の敵意や憎しみの延長線上に、この犯罪や出来事がある。
 『私』が敵意や憎しみを持っていることは、この人たちが社会に対して
 敵意や憎しみを発散させたことと何の違いもない。
 もしこの人たちの敵意や憎しみを発散したことについて自分が否定的に思うのならば
 (こういうことがあってはならない、あってほしくないと思うのであれば)、
 まず自分の心の中から敵意や憎しみを取り去ることだ」
1億人の人がこういうふうに考えたとき、
その出来事が起きたことに意味があったといえます。
多くの人が自分の中の敵意や憎しみを見つめ直すことができたなら、
「私のメッセージを理解されて嬉しい」と神はニッコリ微笑むのかもしれません。

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今年はアメリカの大統領にしても、イギリスのEU脱退にしても、
世界的にこれから色々と大きな変化が起こる年になりそうです。
正直「キナ臭い」と感じているのは、私だけではないでしょう。

日本は「災害」に見舞われることが多く、そういったことに対する免疫力は、
他国に比べると強いかもしれません。
しかし、「戦争」となると、私たちは未経験ですし、
どうやって受け止めればよいのか、全くわかりません。

ただ、これまでのような安穏とした世界情勢ではなくなってきている…というのは、
受け入れたくなくても、受け入れざるを得ない事実です。

「周りがみんなそうだから」「私一人が頑張ったって…」などと思わず、
「まずは自分から」という気持ちで、
敵意や憎しみを抱かない日々を送りたいものですね。



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