反対のための反対

2018/04/09 (月)  カテゴリー/本のご紹介

さて今日は、以前から私が気になっていたことを、
ズバッと書いておられる個所をご紹介したいと思います。
正直、この個所を読んだ時、爽快な気分になりました。(笑)
皆さんは、どのように感じられるでしょうか?

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◎「反対のための反対」に陥っていないか?
「反対のための反対」は、社会的な立場の高い人にもよく見られます。
一部の政治家がその典型です。
威勢よく反対すれば支持が得られると勘違いしているためか、
ともかく声高に反対を唱えることがよくあります。
しかし、そのような政治家のほとんどは、攻守ところを変えて
「では、おまえがやってみろ」となったら、
おそらく適切な解を見出すことができないでしょう。
反対のための反対をしている人は、ほとんどの場合、
問題の全体像が見えていないのです。
ごく部分的な矛盾をとらえて反対の声を上げているにすぎません。
ところが、本人にはその自覚のないことが多く、
「おかしい」「変だ」と思うことを精一杯指摘しているつもりなので、
なおさら厄介です。
やる気だけが満ちているので、周りは振り回されるばかりです。
本人に悪気はないとしても、こういうタイプの人は結局のところ、無責任です。
部分部分では的確な主張をするのでいっときは共感を集めることもありますが、
決して本当の教養があるとは思えません。
「人間社会とは、いびつな欠片が集まって一つの安定状態を形成するもの」なのです。
大事なのは「いびつな欠片」を指摘することではなく、
全体としての「安定状態」を把握することです。

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声高に、「弱者救済!」「障害者保護!」「貧困層保護!」と、
素晴らしい社会貢献活動を繰り返しておられる方たちが、たくさんおられます。
一見すれば、本当に「いいこと」をしておられるようでもあり、
そういう活動をしておられる方々も、そう思い込んでおられるため、
本文中の言葉をお借りすれば、「なおさら厄介」だと私も思っていました。

「弱者や障害者、貧困層は、守ってあげなくてはならない存在ではない」
…なんてことを主張するつもりは毛頭ありません。
守ってあげるべき人々であることは、間違いないでしょう。
ただ、そちら側に100%心を寄せるばかりではなく、
彼らのために、振り回されたり、負担を背負わされたり、
被害に遭っている人たちが実際にはいらっしゃるわけで、
そういった人たちを蔑ろにするのは、正直、如何なものか? と思っているわけです。

私だって、明日、守ってもらうべき立場に立たされるかもしれないわけで、
守るべき立場にいられることの幸せを噛みしめよう…と思う気持ちは当然あります。
しかし、「守られるべき立場」に胡坐をかいてしまうのは、どうなのでしょう。
「彼らを守るべき立場」にある人たちにも、
同じように思いを寄せる必要があるのではないでしょうか。

「反対のための反対」をする人たちは、確かに「いい人たち」に見えます。
「正義感」の強い、真っ当な人たちだという印象を、最初は受けます。
でも、本文中にあったように、
“攻守ところを変えて 「では、おまえがやってみろ」となったら、
 おそらく適切な解を見出すことができないでしょう。
 反対のための反対をしている人は、ほとんどの場合、
 問題の全体像が見えていないのです。
 ごく部分的な矛盾をとらえて反対の声を上げているにすぎません”
というのは、本当にその通りだなあと思うのです。

皆さんは、どのように思われるでしょうか?




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