任せきる心

2020/04/27 (月)  カテゴリー/本のご紹介

前回の記事をアップしてから、1か月以上経ちました。
絶好調のはずだった新規の仕事も、コロナの影響で軒並み延期。
さらに、6割保証されるとはいえ、今通っている事業所も自主休業中。
…ということで、収入は以前よりは減ってしまっているのですが、
こうやって記事を書く時間が取れていること、
仕事もしていないのにお金を受け取れること、
ここ数年、免疫力を強化するにはどうしたらよいのか?という興味が強く、
専門書を読み漁り、実践し続けてきたことが功を奏し、
めちゃめちゃ元気に、楽しい毎日を過ごせていることに感謝しています。

さて、今日は前回からご紹介し始めたあちらの本の続きです。

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第二章 祈りの力
●出家とは何か
(略)
出家をして、仏様の子供として生まれ変わると、
もうどこへ行って、何をしていても怖くない。
反対に、大成功しても、それもまた仏様のお計らいです。
私がどこへ行って何をしていても、仏様は全部見ていらっしゃる。
そのように、すべてを仏様にお預けする、お任せすると、
生きるのが楽になって、毎日がとても楽しくなりました。
「南無観世音菩薩」「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華経」……など、
お経には「南無」から始まることばをよく見ますね。
「南無」というのはサンスクリット語の「ナアム」から来てまして、
「私は身も心もあなたに任せます」という意味なんです。
何かを信じる、ということは、
何か大きな存在にすべてをまかせる、ということなのですね。
任せきる心、それが私を救ってくれたのです。

●出家まで
(略)
富士山の頂に登るのに、河口湖口とか吉田口とか、いろいろな登り口があります。
でもどこから登っても、最後は同じ頂上に着きます。
様々な宗教の違いというのは、そのようなものだと思うのです。
世界にはいろいろ宗教があります。
仏教のほかにもキリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教などがあり、
仏教の中にも、いろんな宗派があります。
でも行きつく先は同じだと思うのです。
人間はなぜ生きているのか、どうすれば幸せに生きられるのか、
どう老い、どう死をむかえるべきなのか。
取り組む課題は、どの宗教もそんなに変わりありません。
(略)
先生は、
「出家したのだから、一人を慎みなさい。すべて仏様がご覧になっている」
と、言い直されたのです。
つまり、出家して、仏様の前に自分を投げ出したということは、
それ以後、どこへ行って何をしても、トイレへ行っても、何を食べていても、
仏様がご覧になっている。
陰でこそこそ悪いことはできないぞ、という教えなんです。
なんだか当り前のことに聞こえるかもしれませんが、
その後いろいろな経験をしていくうちに、
私はこれが非常に重い言葉であるということがわかりました。
私たち人間はいろいろ悪いことをしますが、
それはたいてい誰も見ていないからするのですね。
誰も見ていないと思って賄賂をもらい、誰も見ていないと思って不倫をし、
そして結局自分の悪行に足を掬われて苦しむのです。
ところが出家したり洗礼を受けたりしますと、もうそれ以後は仏や神が、
常に自分を見ているという畏れを感じるようになります。
世界中の人がそのような畏れを感じるようになれば、犯罪や戦争はなくなるはずです。
つまり「独りを慎む」というのは、仏教だけではなく、宗教の核心に触れた一言なのですね。
(略)私はそれまでもそれ以後も、いろいろな人に、
ずいぶんいろんなことを書かれたり、中傷されたりしましたけれども、
そういうことがあっても、前と違って私は少しも動揺しませんでした。
私は独りを慎んでいる。
わからない人がいても、それは相手が悪いのであって、自分は悪くない。
仏様がすべてを見ていてくださる。
そういう確信を持てたことで、私は何にも揺るがない境地を手に入れたのです。

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まず、前半。
著者は出家をしておられるので、ベースは仏教になっていますが、
これは、何の宗教を信仰していても、全く同じことが言えると思います。

ここで大切なことは、
「すべてを仏様にお預けする、お任せすると、
 生きるのが楽になって、毎日がとても楽しくなりました」
「何かを信じる、ということは、
 何か大きな存在にすべてをまかせる、ということ」
の2つ。

日本人にとっては、「お天道様」が一番身近な観念でしょうか。
あるいは、「八百万の神」かもしれませんね。
まあ、なんでもいいんです。
つまり、「サムシンググレート」に全てお任せすることができるようになれば、
生きることが楽になり、毎日が幸せで満たされるということ。
これは、真実です。
というのも、実は私が今、こういう心境でここ数年生きており、
実際に、このような毎日を過ごせているからです。
「長生きしたい」「早く死にたい」とも思わず、
「死ぬときは死ぬでしょう。だからそれまでは、精一杯生き切る」ことを大切に、
毎日を粛々と、しかし楽しみながら生きています。

そして後半。
最初に、宗教の究極の目的について書かれています。
それは「人間はなぜ生きているのか、どうすれば幸せに生きられるのか、
どう老い、どう死をむかえるべきなのか」ということ。
この点を真剣に、真摯に向き合い考え続けることが、宗教の目的なのでしょう。

そして、その後に書かれていることにも、共感しました。
というのも、私が在蘭中、このブログを書いているとき、
私はオランダの日本人社会で、相当の「悪妻」として面白可笑しく、
駐在妻たちの話のネタにされていたらしいのです。
(誰が言い出しっぺなのかは、もちろん知っています)
今となっては、駐在妻たちのストレスのはけ口として利用されたことは、
正直、嬉しいことではないですが、その言い出しっぺの人も、
夫さんに対しても、日常生活においても、相当のストレスを抱えていた
可愛そうな人だったんだろうな…、と同情できるようになりました。(笑)

当時も今も、著者が書いているように、
「わからない人がいても、それは相手が悪いのであって、自分は悪くない。
 仏様がすべてを見ていてくださる」という思いで過ごしている私。
この地上のすべての人間が、本当の私を知らず、真実を知らず、
私のことを誤解したとしても、真実を見ていて下さる方がおられる!と思えたことは、
本当に私を強く、しっかりと支えるものとなりました。

そして、今、本当に毎日が輝き、楽しく、幸せで満たされています。
私の周りには「ピンチはチャンス!」と、とっても前向きな人ばかりが集まっています。
「これで世界中の価値観がガラッと変わる」
「これまでの価値観ややり方を通そうとすると、絶対に潰れる」
「ここで何を絞り出せるのかによって、この先が決まる」
…ということを、皆言っています。
企業のサバイバルだけではありません。「個人」が生き残れるかどうか。
必要とされる人となるために、今自分が持てるすべての力を出し切り、
自分がどう生きるべきか、真剣に考えるチャンスがやってきたのです。
私を含め、私の周りにいる人たちは、次の夢に向かって全力で走りだしています。
そして、みんなワクワクしています♪
コロナに対する不安で毎日を満たすのか、輝く未来を見据えて毎日を楽しむのか。
選ぶのは、あなた自身です。




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