すっかり春らしくなってきた今日この頃。
あちらこちらで可愛い花たちが咲き始め、ウキウキします♪
さて今日は、昨年12月以来、久々の本のご紹介再開です。(汗)
12月12日にご紹介し始めた本についての続きです。
*****************************
・何かを得るよりも手放すことを考える
自分の生活を変えたい、生き方を改めたい。
人は、そんな思いにかられたとき、しばしばこう考えます。
「私に足りないのは〇〇(あるいは私にないのは××)。
だから、もっと○○すれば(あるいはもっと××があれば)、
自分の人生はきっとよくなる、変われる」
○○や××に入るのは、人によってさまざまです。
たとえば、学歴であったり、語学力であったり、お金であったり、
ダイエットのための健康器具であったり、高価な洋服や装飾品であったり、
家賃を払う必要のないマイホームであったりします。
つまり物事がうまくいかないのは、自分に何かが足りないからだ、
それさえ手にすることができれば、きっと自分は変われる、幸せになれる、
そう考えるわけです。
しかし禅の考え方はそうではありません。
自分の人生を変えたいならば、足りない何かを手に入れようとするのではなく、
自分にとって不要なものを捨てることから始めましょう。
得るよりも手放すことを考えてください。それこそが大事なのですよ、と教えます。
(略)
第2章 身の回りをきれいに整え、“心の荷物”を整理整頓する「引き算のルール」
— 沖 幸子
●暮らしにあふれる余分なもの、不要なものを引き算する
・ものを減らすことから始めよう
最近、「ミニマリズム(最小主義)」や
「ミニマリスト(最小主義者)」という言葉を耳にすることが増えました。
(略)
日々、あふれかえるものや情報に曝され、山ほどものを所有しながら、
それでも満たされず、なおものを渇望する暮らしや生き方への
疑問や反省があるのだと思います。
一言でいえば、もの疲れ。
あふれるほどのものに囲まれても心豊かになれない、という気づき。
実際、自分に必要なものだけを揃え、不要と思えるものを持たない暮らしは、
ほんとうにシンプルで快適です。
心も体も和み、気持ちにゆとりが生まれます。
(略)
*****************************
本文にあった
「私に足りないのは〇〇(あるいは私にないのは××)。
だから、もっと○○すれば(あるいはもっと××があれば)、
自分の人生はきっとよくなる、変われる」
という考えを持っている人が、大半なのではないでしょうか?
私はここ数年、自分が与えられていることやものの多さについて、
毎日しみじみと感謝して生きています。
毎朝、目が覚めること、目が見えること、声が出ること、
物が食べられること、食べるものがあること、雨風を凌げる家があること、
働く場所があること、生きていくのに不足ないお金を稼げていること、
歩けること、物が握れること、匂いを嗅げること…。
「当たり前」と思っていることが、実は奇跡の連続であることを思うとき、
「足りないもの」ではなく「与えられているもの」「今持っているもの」を見つめると、
如何に自分が幸せなのかをつくづく感じることができます。
「物事がうまくいかないのは、自分に何かが足りないから」ではありません。
私は断捨離をしたわけではありませんが、
消耗品以外の購入は、ここ数年控えています。
というのも、消耗品は必要に迫られるので買わざるを得ないのですが、
それ以外の物(みんなが持っているから私も持たなければ…と感じるような物)は
全く買っていません。
既に持っているもので十分だとわかっているから、そんな物は必要ないのです。
仕事でZOOMを使うことになり、ヘッドセットやWEBカメラを買ったりはしましたが、
これも必要だから買うのであって、欲しいから買うわけではありません。
人生の残りの時間を考えると、もうこれ以上物は必要ないな~…と思っています。
後半部分で著者は、
「自分に必要なものだけを揃え、不要と思えるものを持たない暮らしは、
ほんとうにシンプルで快適です。心も体も和み、気持ちにゆとりが生まれます」
と言っていますが、本当にその通りだと思います。
私自身、テレビの無い生活を始めて6年になりましたが、
心も体も余裕があるように感じています。
ラジオで十分、事足りています。(笑)
物が人を幸せになどしてくれません。
今、自分に与えられている幸せを感じ取れる感性を磨くことが大切だと思います。
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12月12日にご紹介し始めた本についての続きです。
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・何かを得るよりも手放すことを考える
自分の生活を変えたい、生き方を改めたい。
人は、そんな思いにかられたとき、しばしばこう考えます。
「私に足りないのは〇〇(あるいは私にないのは××)。
だから、もっと○○すれば(あるいはもっと××があれば)、
自分の人生はきっとよくなる、変われる」
○○や××に入るのは、人によってさまざまです。
たとえば、学歴であったり、語学力であったり、お金であったり、
ダイエットのための健康器具であったり、高価な洋服や装飾品であったり、
家賃を払う必要のないマイホームであったりします。
つまり物事がうまくいかないのは、自分に何かが足りないからだ、
それさえ手にすることができれば、きっと自分は変われる、幸せになれる、
そう考えるわけです。
しかし禅の考え方はそうではありません。
自分の人生を変えたいならば、足りない何かを手に入れようとするのではなく、
自分にとって不要なものを捨てることから始めましょう。
得るよりも手放すことを考えてください。それこそが大事なのですよ、と教えます。
(略)
第2章 身の回りをきれいに整え、“心の荷物”を整理整頓する「引き算のルール」
— 沖 幸子
●暮らしにあふれる余分なもの、不要なものを引き算する
・ものを減らすことから始めよう
最近、「ミニマリズム(最小主義)」や
「ミニマリスト(最小主義者)」という言葉を耳にすることが増えました。
(略)
日々、あふれかえるものや情報に曝され、山ほどものを所有しながら、
それでも満たされず、なおものを渇望する暮らしや生き方への
疑問や反省があるのだと思います。
一言でいえば、もの疲れ。
あふれるほどのものに囲まれても心豊かになれない、という気づき。
実際、自分に必要なものだけを揃え、不要と思えるものを持たない暮らしは、
ほんとうにシンプルで快適です。
心も体も和み、気持ちにゆとりが生まれます。
(略)
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本文にあった
「私に足りないのは〇〇(あるいは私にないのは××)。
だから、もっと○○すれば(あるいはもっと××があれば)、
自分の人生はきっとよくなる、変われる」
という考えを持っている人が、大半なのではないでしょうか?
私はここ数年、自分が与えられていることやものの多さについて、
毎日しみじみと感謝して生きています。
毎朝、目が覚めること、目が見えること、声が出ること、
物が食べられること、食べるものがあること、雨風を凌げる家があること、
働く場所があること、生きていくのに不足ないお金を稼げていること、
歩けること、物が握れること、匂いを嗅げること…。
「当たり前」と思っていることが、実は奇跡の連続であることを思うとき、
「足りないもの」ではなく「与えられているもの」「今持っているもの」を見つめると、
如何に自分が幸せなのかをつくづく感じることができます。
「物事がうまくいかないのは、自分に何かが足りないから」ではありません。
私は断捨離をしたわけではありませんが、
消耗品以外の購入は、ここ数年控えています。
というのも、消耗品は必要に迫られるので買わざるを得ないのですが、
それ以外の物(みんなが持っているから私も持たなければ…と感じるような物)は
全く買っていません。
既に持っているもので十分だとわかっているから、そんな物は必要ないのです。
仕事でZOOMを使うことになり、ヘッドセットやWEBカメラを買ったりはしましたが、
これも必要だから買うのであって、欲しいから買うわけではありません。
人生の残りの時間を考えると、もうこれ以上物は必要ないな~…と思っています。
後半部分で著者は、
「自分に必要なものだけを揃え、不要と思えるものを持たない暮らしは、
ほんとうにシンプルで快適です。心も体も和み、気持ちにゆとりが生まれます」
と言っていますが、本当にその通りだと思います。
私自身、テレビの無い生活を始めて6年になりましたが、
心も体も余裕があるように感じています。
ラジオで十分、事足りています。(笑)
物が人を幸せになどしてくれません。
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Last Modified : 2021-03-08